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和歌山地方裁判所 平成10年(ヨ)88号 決定

債権者

甲野花子

外三二一名

右債権者ら代理人弁護士

大谷美都夫

中迫廣

森薫満

有田佳秀

山口修

辻本圭三

豊田泰史

玉置健

金原徹雄

木村義人

宮本和佳

債権者ら代理人大谷美都夫復代理人

山崎和成

債務者

乙川太郎

主文

一  債務者は、別紙物件目録記載の建物につき、左記行為をするなどして、暴力団乙川組の事務所又は連絡場所もしくは組員の宿泊所として使用してはならない。

1  右建物内で暴力団乙川組の定例会又は儀式を行なうこと。

2  右建物内に暴力団乙川組又は他の暴力団の構成員らを立ち入らせ又はその立ち入りを容認すること。

3  右建物内に当番員又は連絡員を置くこと。

4  右建物の外壁の開口部(窓等)に鉄板等を打ち付け又は右建物の外壁に投光機、監視カメラを設置すること。

二  債務者の右建物に対する占有を解き、和歌山地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

三  執行官は、執行官が右建物を保管していることを公示しなければならない。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一  申立の趣旨

(主位的申立)

主文と同旨

(予備的申立)

一  主文一項と同旨

二  債務者の右建物に対する占有を解き、和歌山地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

執行官は、右建物を債務者に対しその住居としての使用を許さなければならない。

三  主文三、四項と同旨

第二  事案の概要

本件は、暴力団事務所の周辺に居住しあるいは営業する者らが、暴力団事務所が存在するため、暴力団の抗争事件に巻込まれ生命・身体に被害を受ける切迫した危険性が存する旨主張し、その暴力団の組長を相手に、人格権に基づくその暴力団事務所の使用の禁止を求める請求権を本案として、申立の趣旨記載の仮処分命令を求めた事案である。

一  前提事実

疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  債務者は、暴力団乙川組の組長であり、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)をその組事務所兼住居として使用している。

2  債権者らは、本件建物の周辺に居住しあるいは営業し、本件建物付近を日常的に通行しているものである。

二  争点

1  被保全権利、保全の必要性の有無。

2  右が肯認された場合、発すべき保全処分の具体的内容。特に、本件において執行官保管を命ずべきか否か。

第三  争点に対する判断

一  被保全権利、保全の必要性の有無(争点1)

1  疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 債務者は、丙山次郎(以下「丙山」という。)が主宰する暴力団丙山会(以下「丙山会」という。)の下部組織である暴力団乙川組の組長であり、丙山会の舎弟頭補佐の地位にある。

丙山会は、暴力団丁村組の下部組織であり、丙山は、丁村組若頭補佐の地位にあったが、平成九年八月二八日、丁村組若頭で戊川組組長の戊川三郎が神戸市中央区で射殺された事件に丙山会組員が関与したとして、同月三一日、丁村組から破門され、さらに、暴力団社会では永久追放に当たる絶縁処分を受けた。

(二) 右の絶縁処分直後から平成一〇年五月二六日までの間、別表「抗争一覧」のとおり全国各地で右事件に関連する抗争事件が頻発した。

(三) 本件建物は、有限会社××の所有であり、従来債務者の居宅として使用されていたが、債務者は、右抗争事件が激しさを増した平成九年九月初旬ころ、丁村組からの報復に備えるため、和歌山市北新金屋丁の乙川組の組事務所を事実上閉鎖し、本件建物から妻子を避難させて、以来現在に至るまで本件建物を実質的な乙川組の組事務所として使用している。すなわち、本件建物には一〇名前後の組員が常駐し、頻繁に組員が出入りし、出入口及び裏庭の計三か所に監視カメラ及び投光機が設置され、屋上から裏庭にかけて防護ネットが張られ、一階駐車場の窓には鉄板が、二階及び三階の各ガラス窓には、強化プラスチック板がそれぞれ内側から張られ、室内にはモニターテレビが設置されている。

(四) 右(二)の抗争事件のうち、別表「抗争一覧」のとおり和歌山県内で発生した抗争事件は一〇件に及ぶが、このうち(9)(23)(30)(35)の四件が本件建物を標的として本件建物の周辺で発生している。特に、番号(35)の平成九年一二月二〇日に発生した抗争事件では、本件建物に隣接する月極駐車場内においてペットボトルが爆発し、債務者甲野花子が両下肢開放骨折、右足開放骨折及び熱傷等の重症を負い、現在もなお入院しているほか、債権者○○○○方自宅のブロック塀に大きな穴が開くという被害が生じている。

(五) 本件建物は、JR和歌山駅の北西部に位置し、主要な生活道路である城北通りに面し、周辺は住宅地域と商業地域が混在する人通りの多い地域である。本件建物の周辺においては、現在和歌山東警察署が警備を実施しており、債権者らは緊張した状況での生活を強いられている。

2 右によれば、本件建物及びその周辺において本件建物あるいは債務者ないし乙川組組員を標的とする抗争事件が頻発し、右抗争事件により現に一般住民が巻き添えになって被害を受けているのであり、未だ右抗争事件が終結をみない現在、今後も本件建物又はその周辺において発砲・爆発事件等の抗争事件が発生する蓋然性がきわめて大きいというべきである。そしてその場合、本件建物の周辺に居住しあるいは営業し、本件建物付近を日常的に通行している債権者らの生命・身体が深刻な危険にさらされることはいうまでもない。それゆえ、このような危険に遭遇するおそれを懸念するほかない状況に始終置かれていることそれ自体により被る債権者らの精神的負担も重いものであって、無視できないところである。

以上のとおりであるから、本件建物を債務者がその組事務所として使用することによって、債権者らの生命、身体、平穏な生活を営む権利等のいわゆる人格権が受忍限度を超えて侵害される蓋然性は大きく、債権者らがその侵害を受ける危険性も常時存在しているということができるのであるから、債権者らは債務者に対し、各自の人格権に基づき、その侵害を予防するため、本件建物を暴力団事務所として使用することの禁止を求める権利(被保全権利)が疎明されているものということができる。

そして、債権者らの生命、身体が現実に侵害されれば、その被害の回復は不可能であること、常時存在する右の危険性の下に債権者らが置かれていること自体により、重い精神的負担を負っていること等に照らせば、保全の必要性も疎明されているということができる。

二  そこで、本件において発すべき保全処分の具体的内容(争点2)について、検討する。

1  右一の認定、説示に照らせば、主文第一項のとおり、組事務所として本件建物を使用することの禁止を命じるのが相当である。

2  次に、債権者らは、本件建物の執行官保管も求めているところ、不作為を命ずる仮処分において執行官保管を命ずることは、原則として本案の請求権以上の満足を与えることになるから許されないが、被保全権利が不作為請求権にとどまらず、実質的に明渡請求権と同視し得る場合には、権利を実行あらしめるための措置として、執行官保管及びこれに係る公示を命じることができるものと解すべきである。

そして、本件のような人格権に基づく請求にあっては、周辺住民である債権者らが当該建物からの明渡しまで請求し得るかどうかについては、債権者らの生命・身体に重大かつ回復し難い被害が及ぶ危険が迫っていて、債務者に不作為を命ずるのみではその実効を期し難い場合、右明渡しによって債務者が被る損害の有無及び程度をも考慮して検討されるべきである。

このような見地に立ってみると、本件建物は、前記抗争事件が発生する以前は債務者及びその家族の住居として使用され、その当時債権者らに格別被害が生じたことはうかがわれないし、現在も本件建物の四階部分は債務者が住居として使用していることが疎明資料により一応認められるが、現状においては、仮に組事務所としての使用を禁止したとしても、これまで組事務所として使用され、抗争の標的とされてきたことを考えると、債務者の住居として使用された場合、債務者個人を標的として本件建物又はその周辺において抗争事件が発生するおそれはやはり否定できず、これにより債権者らの生命・身体に回復困難な被害が生じるおそれがあることについても基本的には変わりはないと考えられ、組事務所としての使用禁止という不作為を命じるだけでは、必ずしも権利の実効を期し難いといえる。そして、債務者の家族は債務者を除き本件建物には現実には居住しておらず、このような状況において債務者が他に移転することは必ずしも困難なことではないこと、そもそも組事務所の本件建物への移転という債務者の行為が本件建物又はその周辺における抗争事件の発生を誘発したものと考えられることも勘案すると、本件においては、債権者らは、人格権に基づき、債務者に本件建物からの明渡しを求め得るものというべきであって、本件における被保全権利は右明渡請求権と同視し得るものといえる。

そうすると、本件においては、本件建物について、組事務所としての使用禁止と併せて執行官保管及びこれに係る公示を命じるのが相当である。

第四  結論

以上によれば、債権者らの主位的申立てはいずれも理由があり、事案の性質にかんがみ債務者のため担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官東畑良雄 裁判官松山文彦 裁判官加藤正男)

別紙〈省略〉

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